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「猫を守る会」から部落解放同盟文化対策部長への「お答え」
拝啓、貴同盟より1/26/98付けの公開質問状を受け取りましたので、お答え致します。
◆猫捕獲は弱者に対する取り扱いの問題です。
私たちも「愛護思想が差別合理化の新たな理屈と結びつくことに」対しては、貴方々と立場を共有します。しかしその思想が単に「動物虐待に反対し、動物にむやみな苦痛を伴わない死を選択する方向へ組織されること」と捉えられるなら、異存があります。私たち「猫を守る会」は、動物愛護の理念が「生命の尊重」に基づくことを理解し、動物の殺し方に配慮するだけではなく、「守る(命を育む)」という言葉に込められた積極的な考え方を大切にしたいと願っています。愛護団体が動物虐待に反対する根底には、弱者に対する取り扱いについての基本的な態度が含まれています。人間も動物も本質的に同じです。「猫を守る会」は主に猫等動物の救済に関心を持つ団体ですが、それは私たちが、愛情を注いでいた身近な動物の生命を不当に奪われた悲しみと憤りから結成されたからです。私たちは、動物が人間よりも弱い立場にあって人間の助けを緊急に必要としている存在であると認識しています。そうした認識は、人間自身に関わる差別意識を知る上に有効です。
「動物保護法」が既に存在し「児童保護法」がまだなかった、1800年代後期のニューヨーク市で目に余る虐待を親から受けていた一人の少女を、アメリカ動物虐待防止協会ASPCA(American
Society for Prevention of Cruelty to Animals)が動物保護法に基づいて裁判に訴えて救い出しました。ここで興味深いのは、この少女は動物の一員として弁護されたことです。無防備で無力な如何なる動物とも同等な保護を受けるに値するという理由で判事が説得されたのです。
人間の弱者に対する取り扱いの態度は,動物に対するそれに先ず表れます。私たちは、動物とのふれあいから人間自身の心の在り方を学ぶことができるのです。こうした考え方は、動物と児童の並行した保護活動に120年余りの実績を持つアメリカ人道協会AHA(American
Humane Association)によって表明され、広く一般社会に認識されつつあります。猫捕獲は弱者に対する取り扱いの問題です。私たちは、猫捕獲において三味線も動物実験も同様の犯罪性があると看做しています。それは私たちの運動のチラシ(貴資料2)でも述べています。「猫を守る会」を組織する前から、実験動物業者の施設を訪問したり大学医学部などへ質問状を送りつけていました。その他、里親を装って騙し獲る「猫詐取」に対しても告訴や上申のために署名集めなどをしました。私たちが三味線関係の猫獲りを相手にしていると知ったのは、ずっと後のことです。昨年は、役所における猫捕獲箱の駆除目的の一般貸し出しや、山寺の猫狩り、個人の毒物による虐待等に対する抗議や行政介入の要請を申し入れし、ある程度の成果を挙げました。
◆飼猫窃盗は歴史的事実です。
飼猫窃盗は、東京都警視庁で大阪の捕獲業者と都民の飼主代表らが対決したと報じられたように(朝日新聞朝刊1/22/65)、少なくとも30年以上も前から犯罪性が訴えられてきた歴史的事実です。最近の確認事例は、実際の被害の氷山の一角に過ぎません。当時、吹田市でも箱罠に掛けられた自身の飼猫が発見され、軽トラの男が別の箱を持ち去るのが目撃されていました(読売新聞朝刊11/29/96)。豊中市でも、神戸市でも捕獲箱による飼猫盗難届けが出ていました。大阪市浪速区の事件では、実際は二人の飼い主に猫が返されたのですが、一人は被害届けの手続きを取りませんでした。西宮市の件でも、2匹の飼猫の内、首輪を付けていた1匹だけが認められたのでした。押収された猫の中から自分の猫に似ているからと言って引き取った婦人がいました。本当の飼い主であった可能性があります。被告発人である業者は、伊丹市や尼崎市でも箱罠だけでなく他の方法による捕獲現場を目撃されていました。
私たちの仲間の猫オバサンは、震災でホームレスになった外猫たちを廃家で世話していたのですが、一日で殆ど全て獲られてしまったと言っていました。外猫であるため、目の前で捕獲人らによる奪取が起こっていてもどうしようもなかったそうです。仮設住宅にいる人たちの心の支えになっていた猫たちも獲られたことがあります。西宮の独居高齢婦人は、自分の子供同様の青い首輪を付けた白猫も消息を絶ち100日になると、悲しみを手紙で訴えていました。時を同じくして彼女の近隣から数々の同様な情報が寄せられていました。最近の猫は避妊/去勢を施されつつあり、発情による放浪癖も、自分の居留地域を遠く離れるものも少なくなっています。他人の飼猫が家に迷い込み、飼主の連絡先が不明の場合、家の人が拾得物として関係当局に届け出ることが一般市民の良識となっています。又その猫はそのまま新しい家で留まることがあるかも知れませんが、捕獲されたのでないなら、何時かもとの家に帰れるでしょう。
飼猫失踪経験者の多くは我が猫を探すために、関係当局への連絡を始め、近所への聞き込み、貼り紙、新聞広告、折込チラシ等、考えられる限りの手を尽くしています。にも拘わらず、似たような状況下で多くの猫が至るところで消え、二度と帰らないのです。私たちに寄せられた夥しい猫捕獲被害情報は創作ではありません。
◆猫捕獲は、飼猫・野良猫に拘わらず法的に問題があります。
刑法(窃盗):飼猫が掛かるであろうことを知りながら罠を置くのは、犯罪的意図を構成する。
動物保護管理法:捕獲業者は管理者ではない。猫駆除は「適正な取り扱い」ではない。「三味線皮の制作に必要な原皮は ・牡皮 ・三歳以上の成獣 ・野良猫(キャットフードで育てられていない鍛えられた皮)・癒えない傷がないこと ・和猫(とりわけ大型と長毛の洋猫は不適)、の条件を充たす皮である。すべての条件を充たす最高の皮は和猫の牡で野良のボスの皮である」とのことですが、・でないなら、殺されずに放免されるのでしょうか?貴方々自身「捕獲箱に入った猫を選り分けることはできない」としているではありませんか。3/20/97付けの読売新聞朝刊には、三味線皮革業者のガレージで13匹の猫の死体が発見されたとありました。その晩の収穫は全てその日の内に殺されると聞き及んでいます。全てが「和猫の牡で野良のボス」でありますまい。
「飼い猫に名札を義務づけ、猫とりを鑑札制にし、名札先への連絡を義務づけるなどのルール化によって問題は基本的に解決する」とお考えのようですが、捕獲業者は管理者ではありません。何故に営利目的の捕獲のために公的特権を与え、飼猫・野良猫を不自由な目に又は殺される危険に遭わせなければならないのでしょうか?
ここから当会に対する直接の御質問に回答致します。
私たちの「猫獲り反対運動」のチラシ、「猫獲り」による「猫」捕獲は許されるでしょうか?!(貴資料3)とそれに続く「猫獲り」と「動物保護及び管理に関する法律」(貴資料2)について:
質問(1) 「猫だけでなく、あらゆる動物の生命を尊重すべきであるとしているが、同法(動物保護管理法)の保護対象動物が、牛馬鶏など食用に供せられる家畜によって、その半分以上が占められていることからも明かなように、この法律の精神と守る会の主張は決して両立するものではない」、「食肉用として牛馬が飼育されていることが虐待になるのか」及び「猫の食用になる魚や鼠はどうなるのか」:
◆「動物の管理責任」は、動物愛護精神に対立するものではありません。第1条及び第2条で同法は、国民の間に動物愛護の気風を招来し、生命の尊重、友愛、及び平和の情操を養うに資すること及び、動物による人の生命や財産の侵害を防止することを目的とし、それらの目的を遂行するための基本原則として「虐待防止」や「適正な取り扱い」を挙げています。第3条は「動物愛護週間」の設置です。「動物の管理責任」は、動物愛護精神に対立するものではありません。同法の言及する「動物の管理」とは「適正な取り扱い」であり、第4〜6条は「動物の適正飼養と保管」によって「動物の健康と安全保持」及び「動物による人命・財産の侵害の防止」を図るとし、第6条に至って、管理に関するやや具体的な指針として「飼養制限」という表現が見られます。第7条は「都道府県による犬又は猫の所有者又は拾得者からの引き取り」についてです。これは、同4項「都道府県知事等は、動物の愛護を目的とする公益法人その他の者に犬及びねこの引き取りを委託することができる」とあるように、「動物の健康と安全保持」に表れる「動物の愛護」を目的としています。第8条に関しても、「負傷動物等の発見者の通報措置」という「動物の健康と安全保持」が目的であり、不審な罠に掛けられ、自由を奪われた猫や犬等動物の発見においても、私たちは救出ないしは関係当局に通報する義務があると考えます。第9条は「繁殖制限」避妊・去勢についてです。第10条で初めて、「動物を殺す場合の方法」というように、殺さなければならない場合が想定されています。それが必ずしも殺処分を意味しないことは、同法の目的及び基本原則から明かです。第11条は動物の科学上の取り扱いについて及び、第12条は動物保護審議会についてです。第13条は、保護動物の虐待・遺棄を禁止し、保護動物を定めています。
牛馬の食肉用飼育は、現在の社会的な慣習上虐待と看做されていません。それと動物愛護の精神とは、全く別の問題です。保護動物の指定は人間との関わりの深さや有用性によって決定されていると思いますが、「国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操を養うに資する」とする同法が、功利的な欲求に基づく有用性ではなく、むしろ動物に心の交流を求めるという、精神的な有用性を強調していることは明かです。
「食物連鎖の環の中の一部のみを保護・偏愛することでは問題は解決せず、ましてや人間もまた他の動植物の生命を取って生きている。私たちは、その責任と自覚のもとでどのようにして動植物との共存の在り方を探り出して行くのかが課題になっている」と言われるのは、その通りです。「猫の食用になる魚や鼠はどうなるのか」ということですが、食物連鎖というのは自然界に見られる現象であり、それを動物愛護・虐待の件で猫に質すべき問題でありますまい。
質問(2) 「猫害」及びそれに対する責任の所在:
◆動物の問題は社会全体の人間が負うべき責任です。動物の管理とは何でしょうか?野良猫・野良犬は元々人間に捨てられた動物が繁殖したという場合がほとんどです。子供の問題が大人の問題であるように、動物が加えるとする人間に対する被害は、社会全体の人間が負うべき責任です。猫が野良である状況は、捕獲して殺さなければならない十分条件を構成しません。南米のある国ではストリートチルドレンが万引きしたり汚いという理由で、店主がマフィアに金を払って子供を射殺させるという事件がありました。人間と動物の違いはありますが、野良猫の駆除も本質的に同じです。猫や犬をゴミのように処分しても、人間一般のモラルの向上に役立たないばかりか、児童の心の健全な育成に悪影響を与えます。再度、動物保護管理法を振り返って見ましょう。動物の適正な取り扱いという行為の主体である管理者とは、誰のことでしょう。それは、・飼主 ・引き取り主である行政 ・委託された愛護目的の公益法人その他等です。特定の飼主の不明な野良犬や猫たちは、行政又は委託された愛護目的の公益法人その他の管理下に在ると考えられるでしょう。「猫害」とは、管理者に属する問題であって、捕獲業者は何の権限を以てその代行ができると、貴方々は主張するのですか?捕獲者は営利目的のために、管理者に課せられた動物に対する「適正な取り扱い」を蔑ろにし、動物を罠に陥れ殺すのです。これが虐待及び犯罪でないなら、何としますか?
私たちは虐待防止的な活動の他に、外猫の世話をしている仲間たちが中心になって、猫の避妊/去勢を実施したり、パネル展を開いて里親募集を行ったりしています。猫に餌を与え生かすだけでなく、一定の居留地域を保ち、近隣の迷惑を極力避けるようにするためであり、猫の絶対数が増えないようにするためです。私たちとも連絡のある、野良猫同盟ACA
( Alley Cat Allies )というアメリカの愛護団体が90年初め頃メリーランド州ボルチモア市で始めた、街の野良猫が健康で安全に住民と共存できるようにする運動があります。野良猫の棲息する居留地を公認化し、ここの猫たちに対する「捕獲・避妊/去勢・元に戻す」過程を軸とする一方、「飼い猫化」を進める努力で、今では全米3万5千を超す会員のネットワークを誇っています。
このような「捕獲・避妊/去勢・元に戻す」方法が、欧米では野良猫の殺処分に代って、人道的且つ有効な管理手段として認識されてきています。イタリアのローマの古代競技場遺跡やフランスのパリ市公園が市民の野良猫保護・管理のために公的に開放されています。日本でも、行政レベルで野良猫の人道的管理を進めている市が神奈川県にあります。私たちもそうした動きを歓迎し、地元でも同様な制度が実現できればと願っています。
質問(3)「なぜ猫捕獲業者・三味線皮製作者が犯罪者であるのか」:
◆猫捕獲の犯罪性は、刑法上の窃盗及び動物保護管理法によって証明されます。猫捕獲の犯罪性の論拠は、刑法上の窃盗に関してのみで十分であると考えます。「未必の故意」に関する早稲田大学法学部教授の論文(1978年特別号日本捨猫防止会会報掲載)にありますように、飼猫が掛かることが予想できるのにも拘わらず町中で箱罠を仕掛けることは、十分に犯罪の意図があるものと看做されます。動物保護管理法に関して、保護又は飼養目的以外の猫の捕獲は同法の精神に反するという論拠は、(1)及び(2)で既に述べました。猫捕獲を含め動物虐待に対する告発・訴訟が今までに殆どなかったのは、国民の間に一種の諦めや泣き寝入り、そして動物に関する法意識の低さがあったからです。文化の質は時代と共に変り、虐待に対する考え方も変ります。三味線皮は、猫や犬を殺すことでしか得られないのでしょうか?このことは、実験動物に対する倫理的な取り扱いにも反映されています。つまり、既にデータが在り分かっていることや代替法がある場合は、言い替えると、他の方法によってでは有効な結果が得られない場合でしか、動物の生体実験が許されません。欧米では既に10年程前から、こうした方針が法的に進められています。日本でも、このような考え方を理解し、自主的に採用する大学・研究所が出てきています。私たちが、奈良県の三味線皮制作保存技術者認定に関して県教育委員会に質問状を送付したことに対して、「資格剥奪を求める文書」と規定されていますが、私たちにそのような意図はありません。私たちは、三味線文化の継続の是非を問うのではありません。私たちが技術者を交えて教育委員会と話し合いを持ちたいのは、三味線文化の犯罪性を断つための方法を模索するためであり、それを選定者である同委員会文化財保存課の責任において実現されたいと考えるからです。非生産的な「資格剥奪」は、望むところではありません。
他国からの「猫皮の輸入」は「犯罪の輸入」というより、我が国からの「犯罪の輸出」とすべきかも知れません。猫捕獲は犯罪に関わる危険性が極めて高い仕事です。仮に自国での違法性を免れたところで、その狭い視野から世界に向かってどのような差別解放運動の展望が開けて来るのでしょうか?
私たちは行政による動物の殺処分制度の廃止も願っています。私たちと協力関係にある他府県の愛護団体では、既にそのための運動を始めています。私たちの兵庫県でも「殺さない行政」が実現し、望まずして動物を殺さなければならない人たちにも「動物の生命を育む」喜びを分かち合えるようになる日が遠からんことを心から願うものです。敬具
1998年2月9日 〒657 灘郵便局私書箱49号
「猫を守る会 AcpA Hyogo」
e mail:YBH00602@niftyserve.or.jp代表 横野仁宣
本書状のコピーを他関係団体及び報道機関に送付させて頂きました。
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